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どうにもこうにもな日々の備忘録

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私の中のもう一つの核時計

 
私の仕事を辞めたいという気持ちは、喩えがアレだが「核時計」みたいなもので、「その日」に向けて進んだり止まったり、また大きく進んだりしているのだが、家を出て一人(と一匹)で暮らしたいという気持ちも同じだったりする。
退職と一人暮らしは両立し得ず、どちらも踏ん切りが付かないまましばらくの間並行し、今結果的に退職が先行する形で事態が進んだ。
体調が治って仕事に復帰すればいずれは一人暮らしもと考えていたが、今週は母と諍いがあり「この順番逆だったかもしれん…」と大いに後悔した。
後悔したついでに、すぐに一人暮らしするためにも退職の話は保留で行っておいて事によっては不本意ながら今の職場に復職する方が精神衛生上むしろいいのかもしれないとも思った。
母とは、仲が悪い訳ではない、と思う。ただ暮らしていく中で、便利さや心地よさより我慢が勝ってきているとも感じる。
そして今回も、母が何をどう考えているのか問いただすことも、自分がそのことに対してどう感じているか伝えることも出来なかった。
以前上司に謝られた時にも出来なかった(2018.05.26参照) 。私はとにかく人に自分の感情を伝えることが不得手だ。


参考文献
・カレー沢薫『女って何だ?』…と上記悩んでいた矢先、「我々は地球という一戸建てに70億人で暮らしているのだからその時点で快適なはずはない(中略)しょせん自分の住む世界は便所で、自分はそれを1億2千万人とルームシェアしてる人と思えば、少しは楽になるのではないだろうか」とカレー沢薫に言われた。「女性の生きづらさ」という章である。まあ、それを言っちゃあそうなのだが。
・萩尾望都『ポーの一族 春の夢』…昨年話題になった、伝説のマンガ『ポーの一族』の続編をたまたま図書館で借りた(ていうか置いてる図書館すげえな、さすが市立ですよMさん)。
完結までが非常に長い少年マンガと違い、完結は早いものの別シリーズなどで続編が目立つ少女マンガ。『と○めきトゥナイト』とか『生○諸君』とか、作者にとって思い入れがあるのは分かるけどそれにしがみつき過ぎじゃないかなあなどと意地の悪いことを言ってみたり。
そしてこのたびの『ポー…』。この『ポー…』は今の萩尾作品であって、あの頃の『ポー…』とは同設定の別作品と思って読むしかない。『残酷な神が支配する』以来、萩尾望都は少女漫画で性の怖さをリアルに描くようになったと感じている。それが今回も一部に含まれるストーリー展開がもうあの頃の『ポー…』ではないと思う大きな一因である。
1970年代の萩尾作品(『この娘売ります!』とか)の子供がそこにいるだけの世界から、そこにいる子供が性の対象として見られている世界を描くことを厭わない2000年代の萩尾作品。夢だけでは少女マンガは描けない時代になったということなのか。
あと新キャラ登場とか、新能力登場とか、キングポー出歩き過ぎとか、その辺りが引っ掛かる。
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