WHAT'S NEW & DIARY in ROUTE66

どうにもこうにもな日々の備忘録

RSS     Archives
 

峰不二子という女(後篇)

 
『LUPIN the Third ~峰不二子という女~』第13回、とうとう最終回です。
もうあちこちで感想が出ているのでここで私がとやかく言ったところで何の目新しさはないんですが、敢えて書きます。
はあああ、なんか色々とよかったあ~~(安堵)。

まずジゲゴエのファーコン。あのまま不二子コスの五右エ門と次元が対峙しちゃったらルパンの歴史が変わるんじゃあ…と心配しましたが、フラフラがそこで来るか!といういい仕事をし、程よい頃合いまで二人を幻覚状態にしてくれたのでホッとしました。
そして梟頭で対決するジゲゴエ。何というシュールな画。
最後までルパンファミリーとして全員が集うことなく五右エ門がファーコンを果たさなかったのは恐らく旧ルパンでのファーコンを公式設定とするために敢えての措置なのでしょう。その辺りの処理の仕方が巧い。

長く物議を醸した不二子の過去ですが、結局不二子にそのような過去などなく、疑似記憶をかまされた(と書くと『攻殻機動隊』のようだけど)だけであって、あの不二子は何者かに創造された不二子ではなくありのままの不二子であるというオチでした。
あーもう、やきもきさせられたー。
もしこの『峰不二子という女』であの過去を不二子の正式設定とするなら、「なんという二次創作。この作品はプロ集団によるファンフィクションでしかない」と感想を書くところでした。
しかしあの過去が不二子のものであろうと他のキャラクターのものであろうと、山本沙代監督の描きたかったのはやはり「虐待サバイバー」ではないかと思えてならないのです。
挿入される過去の記憶の数々は紛れもなく性的虐待のそれであることは間違いないですし、そうした経験をした人間が支配される他者を殺したいと思い支配される自分を殺したいと思う、その反面他者を支配し新たな人生を生き直したいとも思う、その相反する感情がこの『峰不二子という女』のサブテーマではないでしょうか。
救われるのは、その「疑似」虐待サバイバーである不二子も虐待サバイバーであるアイシャも最後には自由になる点で、山本監督は物語をそう終わらせることによって虐待サバイバーの未来に希望を見出しているように感じます。

ガールフレンド発言の五右エ門については敢えて不問に付します。何あの勘違いサムライ(笑)。
スポンサーサイト

Comment


プロフィール

damian

Author:damian
FC2ブログへようこそ!




最新トラックバック



検索フォーム



ブロとも申請フォーム

QRコード
QR