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どうにもこうにもな日々の備忘録

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さよならもやしもん、初めましてドコノコ

 
さよならもやしもん20160729
ここ数年ずっとプレイしていた「もやしもんガチャガチャ」がサービス終了。
ガチャガチャから菌を出して、その菌が醸せるえさをもらって、えさがブツ(ミソとか醤油とか)になったら納めて終わりというシンプルなゲームで(無課金で全然大丈夫)、仕事が行く前に仕掛けておいたら帰って来る頃にはブツになっているという楽ちんさが大変良かったのです。

しかしその「もやしもんロス」を補って余りあるものが、スマホアプリの「ドコノコ」です。
「もやしもんガチャガチャ」が終わる数日前から始めたのですが、これのお陰でちっとも寂しくないのです。
「ほぼ日」がプロデュースしたアプリで、自分ちの犬猫を登録して写真をアップしてみんなで「いいね」し合うというだけなのんですが、まあやってたらポ○モンGOよりよっぽどハマるわハマるわ(ポ○モンやったことないけど)、ていうか世の中の人もポ○モンGOよりこっちやれば健全でいいのに、と思うのです。
もちろん閲覧のみでも可能なので、自分ちに犬猫がいない人でも楽しめます。また、犬猫がいなくてもゆきずりの子の写真や自作イラストをアップすることもできます。
「いいね」しているとよその子が可愛くて可愛くて「この子のこともっと教えて!」という気持ちになるし、可愛い可愛い言ってたら巡り巡って「やっぱりうちの子が一番可愛い」というところに戻ってくるという好循環。
ホントみんなこれやればいいのに。
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書斎は外にあります

 
よく郷土もののバラエティで「岡山市民、図書館好きすぎ」というのが話題になっていますが、私も御多分に漏れず図書館大好きです。
岡山が誇る県立図書館は自転車で5分の場所、さらに15分ほどの場所に市立図書館が二つもあるというもー本当に恵まれた場所に住んでいるのですが、最近はご贔屓にしていた県立図書館を素通りして市立図書館に通う日々…。

県立図書館はそれはそれは蔵書が多く、しかも専門書の充実度が半端ではない代わりに、1タイトルにつき1冊しか本を置かない決まり。
市立図書館は一般書が中心で、人気があるものは1タイトルにつき何冊も本を入れており、予約した本が比較的回って来やすい状態になっています。
でまあ、欲しかった本が県立図書館では予約で一杯だったのに市立図書館の方では簡単に借りられたり、県立図書館になかった本が意外と市立図書館に置いてあったりすることが多くなり、最近ちょっと市立図書館に浮気をしているのでした。

私個人としては、県立図書館と市立図書館が機能を分けて、それぞれの特徴を補い合う形で共存してもらいたいなあと思っています。
あと、県立図書館への要望として「あの本入れろ」「この雑誌入れろ」「本増やせ」っていうのがよくあるけど、市立図書館にあるからそっち行け!って思う。
そもそも本は公共の財産なんだから公共性のある蔵書を入れてもらって、雑著は自分で買えばいいんですわ。

そういやこの間市立図書館に行ったらカウンターで利用客があーだこーだ言ってて、どうやら今朝開館前にwebサービスで蔵書を検索して、図書館にあるって分かったから予約入れてその足で取りに来ました、っていう話のようで、まあ理屈としてはその本はこの図書館のどこかにあるだろうけど、そこまでしてその本今すぐ借りられんといかんのか?という気分になりました。こういう「何がなんでも」って生き方嫌だなあ。しかも公共の本で何がなんでもとかもう。
 

京の夏の旅、転じて猫カフェ考察

 
今週は週の半ばに休みを取って、京都観光に出掛けました。
京都では夏だけ公開する文化財がいくつかあるそうで、それを観光バスに乗って巡って来ました。
京都の夏は暑い!と聞いていましたが、折しも小雨振る曇り模様に加え、バスに乗って移動なのでそれはそれは楽でした。

有栖川宮旧邸・並河家住宅・藤田家住宅の三本立てに昼食付き・お茶処付き。
昔はあまり好きじゃなかった町家とか日本庭園とか路地とかが最近グッと来るようになり、あと観光地だけじゃなくてそこを一本外れた裏通りの生活の吐息みたいなものにも興味が湧いてきて、大人の階段を一つ上がったなーと思うのでした。

折しも前日、祗園祭の「前祭鉾曳き初め」があり、大通りに鉾が出て街は浮足立っていました。その分交通量多し。


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七宝家・並河さんちの「並河家住宅」。
ちょうど昨年観光して回った岡崎の中にあり、琵琶湖疏水を引いたお庭が見られました。七宝の作品も凄かった。


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「藤田家住宅」は西陣で織物のデザインをしていた藤田さんのおうち。
うなぎの寝床に趣向を凝らした建具、昭和レトロな家電、雰囲気むんむんでした。

観光バスが晴明神社の近くに停まったので、途中下車して晴明さんにご挨拶してくることにしました。


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晴明神社は結構こぢんまりした神社でしたが、パワースポットのせいか外国人観光客もちらほら。
安倍晴明はそりゃーお好きな人には堪りませんわな。
かくいう私も高校時代、岡野玲子のマンガ版『陰陽師』にドハマリしてましたし。
ちょうど桔梗が咲いた時期に来たらしく、境内は桔梗に彩られていました。


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晴明神社の裏通りにあった「京町家猫カフェ キャットアパートメントコーヒー」は満席…。


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近くにあった「町屋紅茶館 卯晴」はまさかの定休日…。


家に帰って「キャットアパートメントコーヒー」のブログを読んだら、お客さんの猫へのお触りが過ぎて猫のストレスになっているから触らないルールで!と書いてあって(ルール適用開始日は折しも私が行った日)、猫カフェもなかなか色々と難しいんだなあと思ったのでした。
私個人としては、看板猫のいるカフェには是非とも行きたいですが、敢えて猫と触れ合えるスペースを設けた猫カフェには興味はあるものの、多少の心のわだかまりを感じます。
可愛い!という気持ちが嵩じて触りたくなるのは自然なことだけど、お客さんに触られるという「接客行為」を猫に強いるのはどうかなあ。かと言って、お触り禁止で誰もが納得できるカフェ作りができるのかも疑問。
特定の猫を一部屋にいわば「囲い込んで」触る触らないでお客さんと揉めるよりも、家族を求める保護猫を家族候補と引き合わせる出会いの場にする方がよっぽど健全な気がしますが(それならお触りや抱っこなどのコミュニケーションも不可欠だし)、それでも「お触りが過ぎて猫のストレスに…」ってことになるんだろうか。
猫カフェは「展示」スペースでありながら猫の(おそらく生涯の)「居住」スペースで、そこにお客さんがお邪魔してるんだという意識が足りない気もしますし、なんだか上手く言えないけど、猫カフェっていいけどどうなんかなあ。
でも本心は…ちょっと行きたいのよ。
 

相変わらずびろうな話

 
LINEで友人とやりとりしてて、「あら」と「まあ」どっち送ろうかと一瞬悩んだら手が勝手に「まら」と打って送っていたdamianです御機嫌よう。

プライベートでショッキングなことがあって、めっちゃお腹が痛い一週間でした。保険請求中はやめてー。
最近とみにストレスを感じるとすぐ小腸付近が痛む。
でもこの程度でお腹が痛くなってたら、愛猫が死んだり親が死んだりしたら仕事できるんだろうか私。多分できんな。
そして今週は同僚の家族が若くして亡くなって(しかも多分自死)、自分も人も明日生きて会える保証はないんだ、だからつまらない意地を張らずに大事な人との時間を大切にしようと思いを新たにした次第。

そんなうちの大事な猫の排便事情続き。
相変わらず便の切れが悪い時があり、お尻が切れ痔気味。また畳の上で排泄することもありましたが、もう受け入れました。
多分便が固いのです。便が固いのは、水分が足りないのもあるけど、やっぱり猫缶詰のせいかなあ。牛乳に混ぜておかゆみたいにしてるんだけど、消化が難しいんだろうか。
年を取ってから痩せたけど、まだまだ口から食べる元気がある、でも結構吐く頻度も高いので、どういうご飯がいいのかちょっと悩んでいます。

話は全く変わって。
「おたんこ医事課」的な余談なりますが、以前担当患者に「旧海軍中尉・戦艦大和乗組員」の過去を持つ人がいると書きましたが(2014.08.06参照)、なんだかんだとお付き合いは続き、今も担当しています。
心不全の再発に次ぐ再発で入退院を繰り返し、年齢が年齢だけに「今回はもう…」と主治医に覚悟させながら、毎回不死鳥のように回復してめでたく退院していくところが凄いです。
さすが戦時中を生き延びただけあって、基本的に身体が丈夫なんだと思う。
終戦の日には涙したり、ことあるごとに戦時中の話をしたり(どんな治療も戦時中に海を泳いだ時に比べたら大したことないそうだ)、時々しんどくてわがままを言ったりしていますが、この間カルテを開いたら「本日、94歳の誕生日」って書いてあってケーキを食べてました。微笑ましかったです。
 

読まずにはいられない

 
新聞記事やネット記事で本当は知りたくないし知ったら後を引くのにどうしても読みふけってしまうトピックスがある。
それは「虐待」とか「性犯罪」とか、弱い立場の生き物に暴力が及ぶもの。もう読みまくる。
特に「性犯罪」に関しては、もしかして自分は前世で加害者か被害者だったカルマでもあるんじゃないかと思うぐらい、日々不安(恐怖に近い)を覚えているし、それゆえにそれに関する話題には敏感になっている。

同じく、性別が抱える「澱(おり)」みたいなものを描くマンガにも弱く、その代表的作家として鳥飼茜にも弱い。
鳥飼茜の『先生の白い嘘』はもう本当に怖くて怖くて、読むが辛くて1巻以降読んでいないけど、新刊が出るたびにあれからどうなったかあらすじだけはチェックしてしまう。
そんな鳥飼茜の『ユーガッタラブソング』をkindle試し読みでさわりだけ読んだらそれはそれは「澱」で、読まずにはいられなくなって1クリックで購入してしまった。
結局本編はそれほどの内容でもなくて、一緒に収録された作品も「澱」とは離れていて、ほっとしたような残念なような気持ちになった。「澱」を読みたいのか読みたくないのか自分でも分からない。(読後、「あんまり面白くなかった」と思っているんだから、多分「澱」の期待が高かった模様。)
今後も鳥飼茜、気にしていくと思います。
プロフィール

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