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どうにもこうにもな日々の備忘録

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伊丹十三祭りから木皿泉祭りへ

 
ここのところずっと「伊丹十三祭り」開催中で、『マルサの女』『マルサの女2』『ミンボーの女』『スーパーの女』『マルタイの女』という一連の「女シリーズ」を制覇。
ひとまず気が済んだので、それ以外の伊丹監督作品を観るかどうかはさておいて(伊丹監督の描写ってちょっとどぎついからなあ)、脈絡もなく「木皿泉祭り」を始めました。
ずっと観よう観ようと思っていた、でも観ようとした時に限ってレンタル中だったり、借りられる時にはそんな気分にならなかったり、とタイミングが悪かったのが、今回ふと思い立って伊丹監督作品と一緒に借りたのが『野ブタをプロデュース』でした。
まずは第1巻を鑑賞し相変わらず木皿脚本作品は味があるなあと、何気なく熱帯雨林を検索してみたら…


すいか 1 (河出文庫 (0))すいか 1 (河出文庫 (0))
(2013/08/06)
木皿 泉

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『すいか』が文庫本になってるー!
『すいかシナリオBOOK』はほとんど取り扱いがなくて、中古でもの凄い高価だったりして、仕方がないから遠くの図書館にあるのを館間貸し出しで取り寄せてもらったりしていましたが、このたびついに手元に置くことができるなんて!
8月6日、河出文庫から。絶対買いに行きたいです。

他にも木皿泉の小説やエッセイ、『すいか』のサントラなどが出ているようで、いいなー欲しいなー。買っちゃおうかなー。
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カサカサするのはホルモンバランス?

 
「王様の耳はロバの耳ー!」のお話。

ストレスが溜まると心がカサつくんですが、まあなんというか、以前ここでぶちまけた「他人の恋バナうぜえ」の続きだったりします。(2013.02.23 参照)
同じ職場の女の子が彼氏の話ばっかりでうぜえ、という話なのですが、今回彼女は結婚式の前撮りをやったそうで、その写真を職場中の女性に見せて回っていて、私は仕事に忙しい振りをして免れたけど、ドレスの写真を見せる神経も、それを見て「きゃー!素敵ー!」とテンション上げる神経も私には考えられないことで、私って男か?男なのか?と思いました。
で、その帰り道、私は今ちょっとした婦人科疾患に罹っていて薬をもらいに行ったのですが、産婦人科の待合室は当然「妊娠!」「出産!」「子育て!」のオンパレードで、この空気は何度来ても慣れないなあと思ったのです。
職場でげんなり、産婦人科でげんなりな一日でした。心がカサカサしました。
あたし基本オタ女子だから、そういうリア充のノリには付いて行けんのよ、っていうことかな。

リア充の価値観、ひいては世間の価値観って
一人(独身、グループに属さない)<<<恋愛<結婚<妊娠<出産<子育て
なんだと思います。少なくとも私にはそう感じられる。
で、件の職場の女の子をはじめとする女性陣は、当然この価値観を疑いもなく持っていて(内心はどうあれ表面上は。もしかしたらお付き合いでノッてあげてる人もいるかも)「恋愛」を脱して次の「結婚」の段階に行く結婚式の前撮りで盛り上がれるんでしょう。綺麗ねーとか、良かったねーとか。
一方、私は「一人(独身、グループに属さない)」の側に居て、そういう価値観の中ですごく肩身が狭く感じる。抑え込まれている気がする。マジョリティの価値観を押し付けられた気分になっている。そういうことなんだと思います。

職場の女の子はこれから控えた結婚式でまた盛り上がって、結婚生活がどーの、妊娠がどーの、旦那がどーの、子どもがどーのいちいち周囲に言いふらしながら生きていくのは間違いありません。
願わくば私は巻き込まれませんように。

今回、職場の女の子の「醜悪さ」を感じたのが、そういう流れになっていない昼食の場でスマホを出して来て「私、昨日前撮りをしたんですよー」と自慢をねじ込んだところもさておき、普段仕事上で見下している同僚にもこの時ばかりは写真を見せて賞賛の言葉を引き出し、明らかに「私こんなに幸せなの!あなたより!」という態度を見せつけた、ように私は見えたところでした。こえーこえー。

こんな話も、Facebookやmixiじゃ到底出来るものではありません。知り合いが見たらなんと言うか。
ここだからこそぶちまけられるのです。
お付き合い下さってありがとうございました。(お辞儀をして壇上からはける。)
 

病棟に投票所がある風景

 
心配していた宝塚市役所は金曜日に放火されてから翌週の火曜日には業務を再開したそうで、三連休が間にあったのが良かったとは言え、短期間で体裁を整えてしまうこの底力が市役所だよねーとしみじみ思いました。
市役所にはもちろん仕事の出来る人も出来ない人も色々いますが、私の印象だとなんだかんだみなさん頭がいい、仕事が早い。
あの煙の立ちこめる中でちゃんと排煙窓を全開にして的確に避難誘導をし、死傷者ゼロに抑えた手際の良さは、さすがとしか言いようがありません。

さて、私は今日も今日とてお仕事の日々。
仕事のほとんど入院計算か退院計算の毎日ですが、今週はイレギュラーで不在者投票のお手伝いをしました。
よく分からないけど、前もって申し出た人に関しては投票用紙を病院で取りまとめて不在者投票ができるらしいのです。
病棟のデイルームを借り切って簡易投票所を作り、患者さんに来てもらって、自分の名前書いてねー投票用紙書いてねー封してねーと声掛けするのが私の役目。
当然ですが患者さんには高齢者が多く、入院するほどだからそれなりに身体も弱っていて、よいよいになった自分の字を「ちゃんと書けん~」と言っているところを「上手く書けてるよ!」と励ますのが仕事のメインで、日々医事課に籠もっているとなかなか出来ない患者さんとの触れ合いがあって、いつもの仕事のそれとは違う充実感を感じました。
不在者投票の後半は、起きて来られない患者さんのために個別に部屋を回るのですが、これがデイルームでの投票に輪を掛けて字がよいよいで、代筆で対応する患者さんもいて、「もうええ」と投げ出しそうになる患者さんに「ここまで書けたからあと少し頑張ろう!」とさらに励ますという、なんか今日の仕事は励ましてばっかりだなという感じでした。

患者さんがここまで頑張ってるんだから、元気な若者はちゃんと投票に行けよなと思います。
 

時事ネタ、ニュースネタを話題にするのは避けているのだけどこれだけは

 
例の同期の女の子は仕事に来たり来なかったり、Facebookも「いいね!」をしたりしなかったり。
ただ、欠勤した日はさすがに「いいね!」せず、時間通りまで仕事できた日は「いいね!」しているのが分かるので、勝手に「あー今調子いいのね」と精神状態のバロメーターにしています。
ってあたし、苦手(むしろ嫌い)ゆえに相手の動きを気にし過ぎて、むしろ見守ってるのかってくらい熱く見張ってしまっている…。

さて、今週ふと観たニュースに目を奪われすっかり心が折れました。
宝塚市市役所での火炎瓶放火事件、実にショッキングでした。
嘱託職員とはいえかつて私も一市役所職員で、しかも市役所での仕事はすごく充実していたし同僚にも恵まれて本当に楽しく仕事をしていたので、この事件は非常にショックで、事件から数日経ってもまだ心の中で引っ掛かっています。
天井まで火の手が上がる映像はかつて私が居た福祉事務所のフロアに重なって見えて、あたかも自分の職場を燃やされたような気持ちになって、それはそれは辛かったです。
自分には縁のない市町村の窓口でも、また今では私はもう別の仕事に移ってしまっていても、私の市役所への愛着は強いんだということを思いがけずこの事件で気付きました。
本当、福祉事務所での4年間って、言ってみれば私の青春っていうか、体調崩して泣きながら仕事に行ったりとか、嫌な職員や市民に会うのが苦痛だったりとか、まあ楽しいことばかりじゃなかったけど、思い返してみればすごく思い出に残っているんだよなあ。

と同時に、どこの市町村の窓口でも、今回のような「行政対象暴力」の危険に常にさらされているのだということを痛感しました。
それこそタイミングが悪ければ、私が居た窓口も、また私自身も、こうした暴力に遭う可能性があったのだと思うとゾッとします。
実際、福祉事務所の窓口で自分も同僚も怒鳴られる経験を何度もしましたし、殴られそうになったことも一回だけですがあります。福祉事務所所長の訓示は常に「自分の安全を第一に」でした。
とみに世間のモラルが低下しているように感じられる昨今では、地域になんらかのサービスを提供している現場は常にこのような危険と隣り合わせだと思います。もちろん私が今勤めている病院だって例外ではありません。とても怖いです。

宝塚市市役所が放火されたことに対して、市役所や公務員、いわゆるお役所仕事を良く思っていない市民は「ざまあ」と思ったかも知れません。
ただ、市役所としてのサービスの不備や不満は、市役所職員個人のパーソナリティとは別のもの、切り離されるべきものであって、それが職員を批判したり非難したり、時には危害を加えたりする理由にはならないと思うのです。
私が勤めている病院では生活保護の学習をすることが多く、その関係から福祉事務所批判、場合によっては職員批判になったりするのを見ると、身内の贔屓目と言うのか、職員は法に則ってサービスを運用し提供する立場でしかなく、批判すべきはサービスを設計する市町村あるいは国の政策だろうと常々思うのです。
市民あっての市役所ですが、市役所職員もまた市民であるという事実。あくまでも職務上「全体の奉仕者」として市民の矢面に立っていますが、職員だって市民であり人間です。
時には、市民に「敵対する」公務員である自分と、一市民である自分とに引き裂かれながら仕事をしています。少なくとも私はそうでした。

また、今回の事件で、いかに市役所(特に福祉事務所、市民税課、料金収納課などお金が絡む部署)が危険に晒されているかに注目されるのではないか、むしろ注目されて欲しいと願っています。
これだけのリスクがありながら、公務員の給与は減らされ、公務員自体の人員も減らされ、オーバーワークを強いられながらの対応です。
正職員が補充されないところを補助的に臨時職員を雇って、何とか仕事をさばいている一面もあります。
もちろん、だからといって市役所で問題になりがちな不親切な対応が許されるものではありませんが、日々の業務に追われ人材育成までに至らない現状もあります。
この機に、市役所職員、特に生活保護ケースワーカーの増員へと動けばいいと思います。
 

私は知っている

 
更衣室で同じロッカーを使っている同期の女の子が最近来てないなーと思っていたら、しばらく病気で休職していたのだそうで、気付きませんでした。
いや、来ていないのは気付いていたのですが、なぜ来ていないのかなんて色々事情を詮索するほどの仲じゃないし、詮索して関わるのがめんどくさいと思っていたのでした。

私はその同期の女の子が苦手です。
自己愛が強くて自分が話題の中心にいなければ気が済まないタイプで(と私には思える)、口から出るのは常に自分の話ばかりの人でした。
自分の今までのキャリアに自負があって、自分がそのことを認めるのに飽き足らず周囲にも認めて欲しい感じでした。
また喋り方に特徴があって、媚びたようなぶりっ子のような甘ったれた声を出すので、何か会話するごとに戸惑いと不快感が拭えませんでした。

その彼女がこのたび私の所属する部署に異動となり、それはそれはもう嫌でした。
休職復帰による特別対応ということで時短勤務扱いで、私がやっている入院計算の仕事とは違う窓口での仕事とは知っても、同じ空間に居ることになるのが嫌でした。
どうなることかと思って戦々恐々と出勤したのですが…
意外と大丈夫でした。というか、本人が「涙が止まらない」とかで出勤早々帰って行って、それきり出勤してこないのでした。
まあ彼女のことは好きじゃありませんが、メンタルに来ると大変だなーと思いました。
私も前職・現職ともに体調不良で危なかった時はあるので、「私はこれから先出勤できるんだろうか」「それどころか社会生活が送れるのだろうか」という見通しの立たない状況での不安というのは分かります。

でもね。実は私は知っているんです。
彼女はFacebookに登録しているのですが、休職中も、この出勤していない間も、共通の知人(部署は違うけど同じ職場の人)の記事に「いいね!」を押していることを。
私は彼女と友人登録をしていないので投稿記事までは閲覧できないのですが、聞くところによれば休職中、色々活動したり、それこそ友人と飲みに行ったりしたことを記事にしていたそうです。
まあね、病人はFacebookをするなとは言いませんよ。Facebookができる程度に回復したんだなとか、少しは気分が上向いているのかなとか思いますよ。

ただ、「でも、なんかなあ」というもやもやが晴れません。
端的に言えば、「自分の好きなことしたりそれをFacebookに書く元気があれば仕事もできるんじゃない?」という気分なのでしょうが、そこまでズバリと思ってしまうことを自分で受け容れられない部分もあって、どう表現したらいいか分かりませんがもやもやします。
あと、涙が出るほど苦手な職場の人の記事になんでまた「いいね!」を押すかな、とも思うし、心では出勤したいけど身体がそれを許さないからせめてFacebookだけでも社会と繋がっていたいのかな、とか(善意に解釈しすぎ?)、そういうのを押したら職場の人がどう思うか想像できないのか、もしくは想像できないほど体調が悪いのか、とかどう解釈したものかと思います。
もし私が休職中だったら、せめて職場の人のFacebookの記事は閲覧に留めて「いいね!」は絶対押さないことは確かですね。あらぬ誤解を受けたら嫌だもの。

まあ、そんな感じで愚痴(というか「王様の耳はロバの耳ー!」)でした。
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