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どうにもこうにもな日々の備忘録

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私の中の核時計、だいたい3分前

 
上司の言葉を受けて、退職を決意した。西原理恵子のような助言で背中を押して下さったMさんに感謝したい。
今月中にある予定の上司との面談がまだ日程が決まっていないので、それまでに失業給付の支給期間を調べて、仕事の引き継ぎ→退職→失業給付受給→給付期間満了で転職となるよう逆算して、面談日には退職届を出してしまおうと思っていた。
失業給付について聞きに行ったハローワークで、体調不良で仕事を辞めたいと思う、この職場では以前も体調不良で休職したことがあってもうこれ以上は、という事情を説明したところ、窓口がちょっとさざめいて、別の窓口に行けと言われる。行ってみるとメンタル専門担当者のような人が出てきて、「これまでよく頑張ったね」と言ってくれた。不意打ちのような優しさに、思わず涙がボロッと出た。

ハローワークでいい担当者に恵まれたところで色々アドバイスをもらい、職場に退職の相談に行った。
例の上司とは話す気にならないので、上司の上司(かつて私が休職した時には私の直属の上司でもあった)と主任にそれぞれ事情を説明すると、いずれも「体調が悪いとは全く気付かなかった」「休職して良くなったと思っていた」「退職はすぐ決めず休職がよい」「退職するのはもったいない」という話になる。
まあ何せ私も朝吐きながらも出勤したら吐き気が治まる(というか治める)ので何事もなく仕事をしてきた訳で、ある意味気付かれないようにしていたからそりゃ気付かんわなと思う。
あと、「コップの水が溢れる前に声を出そうや、生き方が上手くないわ」とも言われる。それは本当にそうだなあと反省した。

退職を決意したら途端に家での体調も崩れ気味で、いかにも身体が緊張から解放されて自由にやってる感がある。(そしてその状態でもやはり仕事に出たり人に会ったりするとまた症状が治まるのであった。よく出来てるわ私の身体。)

ドラマ『すいか』で、基子さんが仕事をズル休みする回を観る。
この回では、絆さんがマンガ家を辞めて一瞬バイトに就き、訪ねてきた刑事が仕事とは何かを語り、教授が仕事の本拠地を変えるかどうかで悩む、という仕事にまつわるエピソードが多く含まれている。
「仕事なんてさ、内容より、場って言うの?人間関係が大きいんじゃないですかね。(中略)ものすごく尊敬する人とか、面白い人とか、そういう人が居る職場が、最高でしょ。やっぱり」
ホントそれ。上司の上司と主任には言えなかったけど、もうここの職場の人間とは仕事をしたくないという気持ちがずっとあった。仕事上では関わってもプライベートでは関わりたくなくて、休憩室を避けて一人で昼食をかきこんでいた。そういう生活がもう嫌になったのだ。
でも上司の上司も主任もどっぷりこの職場の人間だから、そういう気持ちは理解できないだろうなあ。
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私の中の核時計と夫のちんぽ

 
私の仕事を辞めたいという気持ちは、喩えがアレだが「核時計」みたいなもので、「その日」に向けて進んだり止まったり、また大きく進んだりしている。

今週、上司に「最近お前調子に乗ってるからもう『メンタルが弱い』とか言わせんぞ」と他の職員がいる前で言われた。
他の職員には私がメンタルが不調であると分かるか分からないかはギリギリ微妙なところである。それでも、私がメンタル面の配慮を求めていることが欠片でも感じられるようなことを、よくも他の職員の前で言いやがったなという気持ちである。
何より、私が調子に乗っていることと、メンタル面の配慮を求めることは別の問題である。
その日も朝吐いて出勤した。それでも職場では「調子に乗っている」と思わせるほど吐いたことも微塵に感じさせない仕事ぶりなのだ。私ほど病気と仕事を両立させている人間がいるのか。メンヘラ歴20年を舐めるな。
じゃあ上司は「仕事に出たり出なかったり、出ても何の役に立たない」ような人間しかメンタルを気遣うに値しないと思っているのだろうか。無遅刻無欠勤で、人並に仕事をする人間のメンタルはどうでもいいのか。
この職場は、仕事の出来ない人間(無能であったり、病気であったり)は大切にするが、そうした人間の分まで仕事をフォローしている人間は大切にしない。
少し配慮してくれるだけで、私は人並に、いや他の人間の分まで働ける。その配慮をしてくれないのだったら、私はもうここには居られないし、居たいとも思わない。
今月中に上司との面談が控えている。毎朝吐くことは、恐らく私の深層心理が「もう嫌だ」と訴えているように思う。(しかし私の表層心理はあまり仕事がしんどいとは思わずこんなものだと感じているので、仕事のどこがどう辛いのかが認識できていない。)
この上司に、毎朝吐く程度には体調が悪い事実を伝える価値が感じられない。配慮といっても「この人メンタル弱いらしいよ」という程度の認識であるのだったら、言うだけ無駄なような気もする。

「会社は、私達の事を粗末に扱ってないか?その事が、とても悔しい。」(木皿泉『すいか』)


話は変わるが、『夫のちんぽが入らない』という本を読んだ。吐き気がした。
特に、著者が仕事のしんどさから逃避するために出会い系で出会った男たちと行きずりの関係を重ねて行く描写が、まるで自傷行為そのもので気持ちが悪くなった。
読む前から、性的な逸脱がある人は多かれ少なかれ何らかのサバイバーだったのだろうという確信が半分あった。
性的な暴力で傷ついた人は、性的な行動で傷を治そうとする。精神的な辛さを癒したくて、心と深く関わる性的な行動に走る。
私も幼少期あれこれあって、思春期からメンタル面に不調を来し、まあ性的にあれこれない訳ではない。やはり幼少期のあれこれが、今のあれこれに繋がっている気がしてならないのである。
本は著者の「私が○○だからダメなんだ」という自罰的な思考で貫かれている。その思考は幼少期における母親の、恐らく「毒親」と近しい抑圧的な態度が大きく関係しているのは一目瞭然である。
しったらしい言葉を吐きながら著者の身体をおもちゃにする出会い系の男たちも、学級崩壊を主導しながら教員退職後の著者に助けを求める少女も、娘を抑圧しながら婚家に子どもができないことを謝罪に行く著者の母も、未婚子なしの教員を見下す「子持ち至上主義者」の既婚子ありの教員も、著者を「君ほど純粋な人はいない」と言いながら別腹で風俗に通い続ける夫も、みな身勝手で図々しい。でも世の中はこういう人間で回っているのだとも強く思う。
私はこの本を「やっぱり幼少期あれこれあると、大人になってからあれこれあるよね(特に性的に)」という視点で読んだ。世の中の批評を見ると、「セックス抜きの夫婦のあり方」みたいな物語(ともすれば美談)として読む人が多いようだが、私には著者はそう思うかなあと疑問符が付く。
何より恐ろしいのは、精神的に無理をした著者はストレスの果てに教職を辞し自己免疫疾患を発症する。同業者として綺麗事のように思える教育論を貫いてきた夫も、精神的に無理をしたのだろう、パニック障害を発症した(夫の風俗通いももしかしたらストレスのはけ口であって、かつての著者と同じ状況を呈しているのかもしれないが、だからといって妻に知られないよう配慮を怠る理由にはならない)。
折しも上司とのいざこざの中で読んだので、私の感想は「仕事のストレス怖い。私の朝吐くやつどうなっちゃうの」の一言である。
どうでもいいが、『夫のちんぽが入らない』の感想に「私も入らない」という声が一つもないのはどういうことだ。
 

恩知らず

 
かつて私の弁当を間違って食べたり(2015.03.08参照)水筒を取り違えたりした(2017.07.02参照)同僚Hさんが退職しました。
もともと受付担当だった彼女ですが、病棟の事務職員が急に辞めるというアクシデントがありその後任として異動を命じたところ、1回引き継ぎ(というか業務説明)を受けただけで退職届を提出したのでした。
私の弁当(しかも手作り弁当)を間違って食べるほどの天然さと鈍臭さを持ち合わせるHさんはあまり仕事の能力は高くなく、細分化された多量の業務内容の中で細かな気配りと他職種とのコミュニケーションを求められる病棟事務はHさんには荷が重いものであり、退職という選択は賢明のように思えます。
正直Hさんにはこれまで弁当・水筒の件だけでなく嫌な思いをさせられたこともあるし、患者さんの要求に応えるのではなく自分の都合を押し付けるような窓口対応も不愉快だった。
しかし思うのは、あんたこれでいいのか?ということ。
確かにハードルの高い仕事を求められたけど、それを一度もやることなく仕事を辞めた。やってみる前から辞めるってどうなんと思うし、仕事って自分の好きなことだけさせてくれる訳ないじゃん。嫌なこともするのが仕事じゃん。
そもそもシングルマザーで勤務時間に制限があって、病気の治療で定期欠勤する必要もあって、仕事がミス続きで出来る業務も少ない(仕事を一度ミスすれば怖気づいてその仕事に二度と手を出さなくなるので年々出来る業務が減っていくのだった)、そんなHさんに優しく配慮してくれる職場なんて正直うちくらいなものだと思う。
今後転職するとしてまた新しい職場で一からやり直すリスクを考えると、何より諸条件をクリアする職場が見つからないかもしれないリスクを考えると、ここが踏ん張りどころだったと思う。特にシングルマザーなら仕事内容にとやかく言ってられない状況では。
まあ私としては一緒に仕事しなくてよくなることにホッとしているのも確か。

だからだからこれきりです
これでこれでこれで楽になってね

この春辞める職員がとても多く、1・2年前に入職した事務職員は半減したし、12月に入職して1月に退職した猛者もいた。
なんでみんなそんなにすぐ辞めるかなあと思うけど、私もこそこそハローワークに求職検索しに行っているので気持ちは分からないでもない。
仕事の能力が低くてもリストラされることのない職場だから、勤続年数が長くても何の仕事もできない職員がごろごろしていて、仕事の能力が高い周囲がそれをフォローすることが常態化しているけど、フォローされる側がフォローする側より給料が高いこともザラで、そういう土壌が色んな膿を溜めている一因な気がする。少なくとも私はいつもそこにイラッとしている。
もちろんそういう土壌があるからこそ自分が病休を取った時もみんな当たり前のようにフォローしてくれて救われたけど、周囲が疲弊することには変わりない。
この職場だからこそ出来ることもやりたいこともあるにはある。だけどどこまで頑張ってどこで見切りをつけるかとも考えている。

恩を仇で返します 恩知らずになりました
まだずっと好きだけどごめん
 

縋りたい誰かを失うたびに誰かを守りたい私になるの

 
今年4月頃からストレス溜め気味で仕事辞めたかったり辞めたくなかったりの気持ちが断続的に繰り返すのが何故なのか沈思黙考。

ちょうど春頃から上司が変わるとともに中堅どころの職員が異動で抜け、新人が入った結果、新上司の機嫌を取りながら新人の育成もしなければならず、自分のことだけではなく上と下に気を配らなくてはならなくなったことが大きい。
またこの上司が常時イラつき気味・ぼやき気味でそれなりに相手をしないと切れるし(めんどくせーなホント)、新人2人は片方は社会人10年目にしながら鈍臭い仕事ぶり、片方は新社会人でありなかなか学生気分が抜けず正直業務量のハードな保険請求の中で社会人として医事課職員として同時に養成するのは非常に難しい人材。
これまで諸先輩方に育ててもらった恩、私が同じ失敗を繰り返しても見守ってくれていた懐の大きさを今更ながら感じながら、そうした「自分を守ってくれる誰か」がいなくなった大変さを痛感する。

と同時に、自分が中堅になったことで自分が出来ることが増え求めるもの・求められるものが増えたことから、周囲の仕事の粗がくっきりと見えるようになってしまった。(それでいて、「人を待てる」度量はない自分の小ささもある。)
特に新人の仕事については、毎月のように入力が保険請求に間に合わず結局月末に余裕がある私に仕事が回ってくる。「いやいや、もういい加減月のスケジュールが分かってるのにどうしてその日限りその場限りの仕事しかしないの」と思うが、こうしたらいいよと新人に伝えた仕事のコツは全く活かされていない。
月全体の仕事量をを緻密にマネジメントして自分の時間を捻出しながら、その時間を仕事のできない人間に回すことを当たり前にされているのは、私が独身で「誰かのために生きていない」からかと苛立ちも覚える。
新人の教育に直接関われたらもう少し気持ちが楽になれる気がするが、実際の指導役は別の職員(私より上の役職者)が担当しており、とはいえ具体的な指導は何もしていないのが現状だがそれに対して私が文句を言える立場になく、結局月末に割を食わされるだけなっている。
上司が全体で教育する仕組みにするなり、仕事の回し方だけでも私に指導役を振ってくれるなりしてくれればいいが、それも望めない。
上司は先月新人に付き合って毎晩のように一緒に残業し仕事を見ていたにも関わらず、「何故上手く仕事をやりくりできないか」という肝心な点については全く把握しておらず、今月上司にこのことについて問うたところ「なんかわしが怒られとるし」(周囲と笑い)と取り合ってもらえなかった。
こういう職場の構造が、ここ数か月の職場環境の変化へのストレスとリンクし、自分の職場への強い失望に繋がっているのだと思う。

強い失望ゆえか最近は誰も彼も言っていることがクソのように思えているのだが、福祉事務所時代の知人に「世界が全て灰色に見える時ってあるけど、その中で『蜘蛛の糸』が下りてきているのが見えなくならないようにね」と言われて、ちょっと反省した。蜘蛛の糸見えていないかも。
 

表向きは仕事仲間 その実隠れて逃避行

 
今日も今日とて仕事してます。

「大した立場でもないのに図に乗る同期、DPCを間違えるたびにキャンキャン吠えて来る診療録管理士、休憩室では数人の職員が日がな夫の愚痴子供の愚痴自分自慢で、どこにも身の置き所がない。」とここに書いたのは2015年で、本当に今更なのだけどもういい加減休憩室を使うのはやめて別の場所で昼ご飯を摂ろうと思うに至る。
診療録管理士は人の噂話か自分の話しかしない上に、敢えて話に加わろうとしない私に対していちいち話を振って来て休まらないし、課長もわざわざ顔を出して仕事のミスを指摘してくる。
早々に食事を切り上げて仕事に戻っているので仕事の進捗は早いけど、なんかもうそういう暮らし方もどうなんという気分になってきた。

高血圧はさすがのタオルグリップ法でなんだか好調。2日に1回、左右2分間ずつタオルを握るといいんですって。


心の支えはびじゅチューン。
プロフィール

damian

Author:damian




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