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どうにもこうにもな日々の備忘録

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ミニチュアブーム絶賛燃焼中

 
たまたまシルバニアファミリーを虫干ししたことから始まったミニチュアブーム、まだまだお盛んです。
子どもの頃大好きだったおもちゃに再会した喜びに加え、欲しいものは手に入れられる経済状況(小さい頃のお小遣いだけではミニチュア購入なんてとてもとても)、ネット環境の恩恵、さらには仕事の疲れや苛立ちを小さな家具たちを並べることで癒してくれる箱庭的効果など、色んな意味で今私の心を掴んでいるミニチュア。
ヤフオクで落札した小物がちらほらと届くと、仕事でささくれて帰って来た身には「今日一日頑張ったご褒美」「季節外れのサンタクロースからの送り物」のように感じるのですが、まあ自分で落札して自分で買ったのが届いてるってだけで。でも嬉しい。

ミニチュアを色々購入して感じるに、ヤフオクと熱帯雨林ではそれぞれ長所短所があり
●ヤフオク
・ばら売りがある
・ハンドメイドもあったりする
・中古ながら古いシルバニア正規品が手に入る
・送料は必ずかかるので、落札額+αを考えるとまあまあのお値段になる
・届くのは早い

●熱帯雨林
・1/12サイズの商品が豊富
・ただし、シルバニアはちょっと小柄なため1/12サイズでも家具は大きく感じるかも(まだ家具は買ったことないけど)
・送料はかからないこともある
・届く日数はまちまち

まあ何にせよネット見てるだけでも楽しいです。


ミニチュアと同時に今生活の励みになっているのが、ドラマ『anone』。
広瀬すず主演、田中裕子や小林聡美など実力派俳優が脇を固め見応えがあるところも気に入っていますが、何より坂元裕二の脚本が本当に良いのです。
坂元作品は『西遊記』に始まり、『それでも生きていく』『最高の離婚』など観て来ており、今回も「坂元作品だから観よう」と思った信頼感があるのですが、それを裏切らないストーリー展開と台詞回し、伝えようとしているメッセージに、毎話生きる活力をもらっています。
前クールで話題になっていた『カルテット』は何故か見逃しているのですが、こうなると俄然レンタルして観たくなってきた。
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文句の多い映画鑑賞『64―ロクヨン―』

 
大猫を看取りながら、辛い気持ちのはけ口に観ていたのが『64』でした。
もともと病棟師長さんに借りた本の中に『64』が入っていて、警察小説は初めて読んだけど組織の中の駆け引きが巧く描かれていてすっかりハマり、劇場版にも手を出したのでした。
実際、キャスティングはイメージ通りで素晴らしく、原作には色々盛り込まれている細かな設定や感情の機微も上手に処理してあり、大変面白かったのですが、ただ、ただ一つ、あの蛇足的なエンディングが。
エンターティメント映画としてはある程度の白黒はつけたかったというのは分かるのですが、姉が誘拐された上さらに妹も…という下りはちょっとくどかったかなというのが原作ファンとしての感想です。
(劇場版を先に観てから原作を読めば逆にそれは気にならないかも。)


もうね、大猫が亡くなってから本当に仕事にならなくて、ちょっとしたことが凄く辛く感じたり、凄く腹が立ったり、それでいて業務には集中できなくていつもやっていた書類作りが大半すっぽ抜けていたり、なんというかもうしっかりしたいです。
 

文句の多い映画鑑賞『インサイド・ルーゥイン・デイヴィス』『ネコのミヌース』

 
『猫シネマ』という本を借りたら、「猫がいい演技してる」と評されていたので観てみました『インサイド・ルーゥイン・デイヴィス 名もなき男の歌』。
学生時代好きだったコーエン兄弟の作品で(最近チェックしてないので全然知らなかった)、相変わらず映像が綺麗。昔の作品には定番だった幻想的な夢のシーンがなかったのが残念。
猫の登場シーンには夢中になれたけど、ストーリーとしては「落ちぶれた歌手にちょっと転機が訪れたけど結局何も変わらない」という一言に尽きる訳で、確かに人生ってそんなにドラマチックに変化する訳じゃないのは理解しているけどそのことを映画でどう味わえばいいのか正直まだよく分からない。

もう一本観た『ネコのミヌース』は猫が人間に変身して、猫のネットワークを使って新聞記者にスクープをもたらすという夢のようなストーリー。
猫が山ほど出て来るし、猫から人間になったミヌースの仕草がいちいち可愛いし、大満足の一作でした。
なぜミヌースが人間になってしまったのか最後まで明らかにならない(多分あのドラム缶は問題の会社の香料なんだろうけど、伏線を回収していない)とか、新聞記者がスクープをすっぱ抜いて記事にしたら編集部からクビを言い渡される下りがお粗末(普通記事って発行する前に必ずデスクを通す訳で、新聞が発行されてから記事の内容に驚いている場合ではない)とか若干のほころびはあるけども、本当に若干、猫の可愛さでそんなもの吹き飛びます。



新聞記者の「杉本哲太感」といったら。
 

文句の多い映画鑑賞『ウォルト・ディズニーの約束』

 
私の大好きな映画『メリー・ポピンズ』の製作時に、原作者であるP.L.トラヴァースがあれこれ注文や文句を付けてきた話は聞き及んでいましたが、この『ウォルト・ディズニーの約束』はそんな製作現場の苦労とトラヴァースの幼少期が交錯するストーリーです。

意地の悪い見方をすれば、気難しい婆さんでさえ落としたディズニー帝国のオレらどうよ、という自慢話に見えないでもないですが(そして製作から50年近く経ってあの頃の苦労は壮絶だったからいっそ映画にしてしまおうという商魂もどうかと思いますが)、どこまでが史実でどこまでがフィクションか不明なりにトラバースの幼少期のエピソードが『メリー…』にオーバーラップする作りは非常に興味深いものでした。
映画の完成試写会での盛り上がりようは『メリー…』の特典映像で見たままでよく再現したなあと嬉しくなりましたし、試写会のシーンで実際の『メリー…』の映像が使われているのを観ると、『メリー…』本作への愛着と『ウォルト…』での苦労が実を結んだ安堵感でなんだかジーンとしてしまうのでした。
原作に比べメリー・ポピンズの性格が明るく活発なことや、バンクス夫人が婦人参政権運動に走っている辺りはやはりトラバースとしては不満でしょうが、この物語がバンクス氏を救うストーリーに帰着したこと、その結果トラヴァースの幼少期に福音をもたらしていることは、ディズニー氏の愛情と言うべきでしょう。

何にせよ『メリー…』は、映画会社にとってもファンにとっても忘れ難い名作であることはここでも揺るぎないのでした。
 

百合イカ、キター!

 
『ユリイカ』が百合を特集したのを見て、ついにキターと思ったのでした。
これだけ百合マンガが世の中を席捲していて、その現象を学術的に語ってくれる人を待っていた。
人はなぜ百合マンガを読むのか、百合マンガに何を求めているのか、知りたかった。

で、読後。
なんだかどーでも良くなりました。
百合マンガは限られた空間・限られた年齢の女の子同士のファンタジーから現実味の強いセクシュアルな物語までジャンルが幅広く、それを性的な嗜好として、きゃっきゃうふふを愛でる癒しとして、自分のセクシュアリティへの希求として、男性も女性も読んでいるということ。それが分かったからもういいかなーって感じ。
藤本由香里の論評での百合マンガの時代区分は私が想定していたとおりで、ちょっと鼻が高くもなりました。
ただ、ビアン当事者による百合マンガ批評は、自身の生きにくさが裏付けにあるせいか、読んでいて大変息苦しいものでした。そんなにがんじがらめにならなくてもいいんじゃない?って。
特に、なんの評論だったか異性愛者の百合マンガへの視点を「同性愛を分かっちゃいない」と批判しているように読めたが、そりゃ規範が違うんだもん分かるわけないじゃん。あなただって、「異性愛を分かっちゃいない」と言われたら困るだろうし、実際今までそう言われてきたのが辛かったのだろうけど、だからと言って自分も相手に求めちゃいけないよ、という気分になった。
(しかしその批判がこの本のどこに書いてあったか再度見つけることができず、単に読んでいる私がヒステリックになっただけかもと思う。)
「ガチ」でも「ゆる」でも、異性愛でも同性愛でもどっちでもいいじゃん、ではだめなのだろうか。どちらも尊重することはできないのだろうか。私はそれがいい。


ユリイカ 2014年12月号 特集=百合文化の現在ユリイカ 2014年12月号 特集=百合文化の現在
(2014/11/27)
今野 緒雪、天野 しゅにんた 他

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Author:damian




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